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2012年3月

2012年3月29日 (木)

在ミャンマー日本大使館の義姉へのビザ却下について・補足

前回のコラムで,義姉の日本への渡航ビザが下りなかった一連,つまりミャンマー人と婚姻関係を結んだ日本人の家族が,日本で会えないという現状を書いたら,日本国内,海外から予想以上に多くの反響があった。海外渡航にまったく縁のない友人から,「(私に乳飲み子がいるという)状況をまるで考えずに,『家族は日本以外の場所で会えばよい』という日本大使館の答弁はあんまりだ」とメッセージが来たり,妹が国際結婚をしている友人から「人ごとではない」と言われたり。ミャンマーでボランティア活動をしていた友人からは「怒りを感じる」とメールがきた。ただ,ビザが下りなかった背景について詳しく説明していなかったので,ここで補足する。

東南アジアの最貧国ミャンマーから来る人間を,これ以上日本に入国させたくない日本政府の意思がある。日本政府の基本スタンスは「日本より貧しい国から来る外国人について,専門技術者は歓迎,単純労働者は排除」だ。これは大前提。ただ今回は,それだけでなく,現在の日本・ミャンマー間の政治情勢が関係していると思われる。

2011年に20年ぶりの総選挙を終え,軍事政権から民政移管したと国際社会にアピールするミャンマー。東南アジア一の低賃金労働力(工場員で月収約8000円,BBC BURMESEより),天然ガスなど豊富な地下資源,インドと中国に国境を接する地の利,など,世界各国のビジネスマンがミャンマーで利を得る要素は多くある。日本企業はタイのアユタヤにある工場が洪水でダウンしたため,その代替地がすぐにでもほしい。そこでタイの西隣にあるミャンマーが候補地になってくる。すでに日本商社の丸紅や,ほかIT企業などが,日本企業のミャンマー進出に向けて動き出している。

ただしミャンマーに対しては,過去,欧米諸国が軍事政権の人権侵害行為などを理由に経済を封鎖している。日本も日本人ジャーナリストがミャンマーで殺害されたこともあり,経済活動をほとんど止めてきた。

この経済封鎖を再開させるカギが,日本政府によるミャンマーへのODA再開だ。日本政府がミャンマーの発展に寄与する支援を与える。その見返りに日本企業の経済活動をミャンマーでさしてもらいたい。ついでにミャンマー人にも雇用創出など見返りがあるでしょう。ほかにもミャンマーの北にある中国のミャンマーへの影響力の牽制とか,いろいろ国益上の理由はあるけど,超・簡単に言うと,こうした理屈で日本政府や経済団体,大新聞,テレビなどが動いていて,「ミャンマーは民政移管したから,日本企業はミャンマーに進出して大丈夫」の大号令がかけられている。ODAは2012年4月にも実施される予定だ。

一方で,ミャンマーの軍事政権に対する抗議デモなどに参加したため,ミャンマーにいられず日本に逃れてきた在日ミャンマー人は,過去ずっと「ODAは軍事政権を潤すだけで,ミャンマーの民衆を豊かにしてこなかった」とODA実施に反対してきた。今回実施予定のODAに関しても,在日ミャンマー人は「少数民族との戦闘が続いている(中国国境でミャンマー人少数民族カチン族難民が7万5000人発生,読売新聞より)現在,ODAを出すのは時期尚早」と日本国外務省に申し入れている。私の夫はこうした申し入れをする在日ミャンマー人の1人だ。

はっきり言って,日本政府はこんな陳情を歓迎しないのだ。もう,ミャンマーの現政権を批判する在日ミャンマー人には,沈黙して帰国してもらいたい意図が,さまざまな場所で散見される。外国人で難民であるミャンマー人の陳情がたとえ真実であっても,日本の経済を潤す国益のためなら,真実に構っていられないのである。

在ミャンマー日本大使館は,私の夫がミャンマー軍事政権に逆らって,ミャンマーのパスポートを持っていないことを知っている。なぜなら義姉のビザ申請には,夫のパスポートの全ページコピーを在ミャンマー日本大使館に提出しなければならないからだ。夫はミャンマーが発行するパスポートの代わりに,日本国法務省が発行する再入国許可証というもので海外渡航をする。つまり再入国許可証を持つ人間は,ミャンマーの政権に従順でないことが明らかなので,夫の再入国許可証コピーを見た在ミャンマー日本大使館は,「こうしたミャンマー人の家族(義姉)をこれ以上日本に入国させるのは,政治的に両国間を刺激するかもしれない」と判断したのかもしれない。これが義姉への日本渡航ビザが下りなかったであろう,理由だと推察される。大使館がはっきりと理由を教えてくれないから,あくまで推察だが,事実とかなり近い予測ではないかな。

ところで,前コラムへの反響のなかで共通しているのは「炊飯器を投げるのは激しすぎる」というご意見だった。かの炊飯器は中の配線が見えるありさまで,ふたの蝶番が砕け散っているが,ちゃんとご飯は炊けている。

 

2012年3月 1日 (木)

Japan embassy in Myanmar ~義憤にかられてもの申したい~

舅が無事、日本からミャンマーに帰りまして、ちょっとさびしい。
思えば、舅の迷子や朝5時おきや言葉の壁など、さまざまな違いにとまどっていましたが、
2週間ほどすると、舅と私で簡単な意思疎通ができるようになり、
いつも2人一緒に夕飯食べながら聞いていたミャンマー語ニュースがなつかしく、
1人で夕飯を食べる今も聞き続けております。
...
舅を日本に呼ぶときは、私が招聘人兼保証人となって、在ミャンマー日本大使館に必要書類を提出します。正確には私の書いた書類を舅が大使館に持っていくのです。

ところで、今度は義理の妹に会いたいと、舅とまったく同じ書類を提出するも、ビザが下りなかった!ゆえに義理の妹は日本にこれません。まったく・・・なんでだよ!!

推測する理由・・・大使館は、39歳の義妹が、日本でずっと住むことを恐れたため。73歳の舅は、日本でずっと住むことはないとみなされたため。

日本人の婚姻関係のある外国人家族の短期滞在も許されない、この国よ!!
たしかに短期滞在で入国して、ずっとい続ける外国人は多いんだけど、
そういう人たちと、純粋に家族に会いたくて、短期滞在で帰国する人たちを、
チェックして判別してくれよ!!まとめてみんなビザ出さないってひどいよ!
日本人の家族だろ!!

と、大使館に抗議の電話をいれました。日本人の家族分離を国家権力が許すのかってね。
しかも私の夫はミャンマーのパスポートを持たない難民だから、ミャンマーに入国できない。だから義妹に日本に来てもらいたいって言ったのよ。したら大使館職員の言い訳がふるってる。
「わたしたちはそういうことをしているにあたらないと思いますよ。家族は日本以外で会えばいいじゃないですか」
思わず言い返しましたよ。
「それはおたくが決めることじゃないでしょ!!」まあ、おたくが決めてるんですけどね・・・。
日本人が、日本で義理の家族と会えない理由がわからない。
「でも戸籍にも住民票にも、結婚したって正式には外国人は載りませんから」
だから結婚してないっていうんかい!?今度は偽装結婚まで疑ってくるのか??
まあ、正式なビザ却下理由は、「原則的発給理由を満たさなかった」だそうで。
なに言ってんだよ。大使館職員に賄賂的行動を行っているミャンマー人にはすぐにビザが出るじゃんか。

ここでだまっているもんか!!!日本国憲法の基本的人権の尊重は、小学生でも知ってる。家族が会えないなんておかしい、人権がない。私の家族生活は、外国人と結婚したことで、格段に国家から侵害を受けるようになった。

万里の長城にアリンコが挑む心地で、実際そんな感じなんですが、
とりあえず外務省には「どうにかしてくださいよ」とやんわり電話したので、明日は内閣府かどこかの「国民の声」にメールします。なしのつぶてでも、社会への義憤を正当に表現しないと、私の気持ちがおさまらん。今日、怒りのあまり炊飯器を投げて壊してしまった。こういう破壊行為はぜったいによくないし・・・

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